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2007年11月24日発行号
◆生かし合おう、地域の活動の中の多くの知恵や工夫を 「子どもはお国のためにあるんじゃない!」市民連絡会(略称:子ども・市民連絡会)は7月に、新たなこの市民連絡会への継続した「ご賛同のお願い」とアピール「憲法と本来の教育基本法の理念・精神を生かす教育を市民の活動で」などを、旧「教育基本法『改正』反対市民連絡会」の賛同者の方々に発送。そして9月23日には世田谷・三軒茶屋で、スタート集会「どうなる?どうする?これからの教育――教育3法が改悪されて……」を開催しました。
さっそくご賛同くださった皆様、スタート集会にご参加くださった皆様に、心からお礼を申し上げます。しかしまだ、十分に賛同が広がっているとはいえません。ぜひ、周りの方々に呼びかけていただきたく、お願い申し上げます。 ◆地域・市民がつながり合えば大きな力になる! スタート集会は、多くの市民が参加し、熱気のある集会となりました。まず、広田照幸さん(日大教授・教育社会学)の講演(2面ご参照)の後、佐々木茂樹さん(国立市)、高橋徹さん(世田谷区)、山田幸子さん(東村山市)の3人のパネラーと東本久子さん(共同代表)のコーディネイトによるディスカッション「流れにこうしていくために」。ついで俵義文さんから沖縄の集団自決に関する高校歴史教科書の問題についての報告を聞きました。
パネルディスカッションでは、佐々木さんは親の声を集めるPTA活動の体験を語り、「教員排除の後は動く親の排除」が来ると、地域での親たちの課題を指摘。高橋さんは「子どもたちと一緒につくる」フリースクールの活動の中から、フリースクールに来る子は「地元を嫌う」と、地域とつながるのが難しい現実を述べました。山田さんは自宅でT1日の参加費10円の塾Uから始めた取り組みを紹介し、保護者とつながるのが難しかったと語りました。どの発言からも、その活動の中にさまざまな工夫とアイデア、知恵と機転が込められていることが伝わり、会場からの発言を含め、熱いエールの交換となりました。 これらの活動の報告は、地域に持ち帰り生かしていけるT財産Uのように思えました。「市民連絡会のこれからの活動も、それぞれの地域で活動している市民をつなげていくことに力点を置くべきだ」という感想も寄せられました。 ◆市民が「どうする」のか、「どうなる」のかではいけない 今、教育基本法改悪のような大きく目立った動きはありません。大きな動きが目に見えない時ほど、私たち市民は、社会や教育(学校)のあり方を「どうするのか」と主体的に、見て考えて動いていくことが大事です。そして、その多くが地域の課題としてあります。
賛同お願い発送の直後、横浜市のNさんから賛同のメールが届きました。「いま、子どもたちの教育が、『黙って教われ』『教わったとおりに覚え、身につけろ』という方向に変えられようとしています。教育に、上意下達とか効率性とか競争原理とか強いもの勝ちとかは、無用・不要なのに、それが大事にされる方向です。それを止めて、子どもたちが主体的に自ら学び育つことを励まし支え援ける教育へと転換していければと、願っております」と返信しました。地域で「どうする」のか、という課題です。 各地でそれぞれの課題を踏まえて学習会・地域集会を開き、それをつなげていきましょう。「子ども・市民連絡会」は、それをバックアップします。各地での活動に生かせる工夫やアイデア、知恵や機転は地域の取り組みの中にたくさんあることと、もう「どうなる」のかという受け身ではいけないことを確認できたスタート集会でした。 文責・長谷川 孝 広田照幸さんの講演(日本大学教授・教育社会学)
▲TOPに戻る ◆教育改革の二つの流れ
広田さんはまず、現状分析として教育改革の中身には二つの流れがあり、区別してとらえる必要があると指摘した。
(1)として50年来の保守主義、ナショナリズムの流れ、 (2)として、1980年代からの財界から出てきた新自由主義的な教育改革の流れで、市場原理を使って競争させるというやり方である。 この二つがいっしょになったのが2000年12月の教育改革国民会議である。その後再び二つに分かれて、保守の流れは中教審で基本法の改革をするという答申をまとめて行く。新自由主義の流れは、場所を内閣府の場に移すことになる。株式会社立の学校、教員免許の更新制などはこの流れである。 2006年秋 この二つの流れが再び合流したのが再生会議である。仕切り直しをしてさらに進められることになるだろう。 ◆市場原理に基づいた教育改革の危険性
旧来の保守主義、道徳主義だけを相手にしていると見失うものがある。教員評価、学校評価、学テ、バウチャー制など市場原理、ガラス張りで細部まで見せるなどの学校現場のコントロールを、重視して見て行く必要がある。
◆教師の自律性、自由度の確保が重要
47年教育基本法10条には行政による支配に「不当な支配」という歯止めがあった。
新法の16条では「不当な支配」の当事者に行政がなるのかどうなのか、注目して行く必要がある。今までは「教師が自由を持たなければいけない」「何をどう教えるか国家が統制する」この二つのちょうど中辺に司法の判断の自由のラインがあったが、一連の法改正を経てラインがどう動くのか、見て行きたい。また、運動論に触れて、親の立場から「教育が行政が踏み込むな」と言っていくこともできるが、逆の動きが学校に突きつけられ止まらなくなる危険性がある、と注意を喚起した。 ◆『公』対『私』から『公』対『別の公』へ
広田さんは「子どもはお国のためにあるんじゃない」なら、「誰のため?」と問いかけ、単に「自分のため」ではないことに言及。『私』を、どうやって公共性にフィードバックして行くかを考えることが、未来の明るいビジョンを考える時の手がかかりになる。
グローバル化で、見たこともない人たち同士が実際にはつながっている。物を作っている人たちと消費する人たちがつながっている。敵対しないでやっていく公共をと考える。そういう方向の教育における公共性を考える。 保守派が考えてきた一元的な公共性、同じ価値観、道徳を身につけるような「公」ではなく、こうした多元的な公共性に向けた教育のデザインを対抗的なビジョンとして考えていけば、元気が出てくるのではないか、と「一枚岩にはならない公共性」のビジョンが示された。 ◆歴史はひとつだが、未来は複数
最後に広田さんは、改悪教育基本法と現実の教育には距離があると可能性を述べた。関連法が変えられる、制度が変わる、そして運用がどうなるか。ここが大きな勝負、分かれ目。教員として、市民、学者としてできることはいっぱいある。困った事態を避けたいと頑張っていれば違う展開を生み出しうる、と締めくくった。
講演の詳細を読む>> 文責・井垣寿子 少年法『改正』に乗じて警察権を
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9月某日、「子どもと法21」という「少年法」などの問題を考える市民グループのMLに入った、石井小夜子弁護士からのメールを見て、ブッタマゲタ! 2007年5月に、市民の反対にもかかわらず「改正」されてしまった少年法。中でも国会で争点となったのが「ぐ犯少年に対する警察の調査権」だった。「ぐ犯少年」というのは、将来罪を犯すおそれがある子どものことで、「保護者の正当な監督に服しない性癖がある」「正当な理由がなく家庭に寄りつかない」などの条件が少年法で定められている。その「ぐ犯」のさらに「恐れがある」子どもまで警察が調査できるというのが当初の少年法「改正」案。しかし、「それではすべての子どもが対象になる」と国会でも反対の声が多く、最終的にこの部分は削られた。 ところが、この「ぐ犯調査」の規定が、少年法「改正」に伴う、「少年警察活動規則の一部改正」案(9月8日発表)で、堂々とよみがえっていたのだ。 ちょっと待ってくれよ。国会の審議で出した結論を、国家公安委員会(警察庁)が制定する規則で勝手に変えていいの? これって、国会無視だし、憲法違反じゃないの? 怒った市民、弁護士、そして、自民党・民主党・共産党・社民党議員からも修正意見が出て、警察の調査権を一定範囲内に留める修正案で、「改正」規則は、「改正」少年法と同じ11月1日から施行されている。 警察庁に寄せられた意見総数は、162通。コメントしてくださったみなさん、ありがとう。市民が声を挙げることの大切さを改めて感じた。 しかし、問題はまだまだ残っている。 そもそも、警察の職務とは何だろう? 犯罪の捜査や調査をするのが警察の役割のはず。ところが、今回の「規則」改定では、14歳未満で罪を犯した「触法少年」に対する警察の調査について、事件の原因や動機のほかに、「性格、行状、経歴、教育程度、環境、家庭の状況、交友関係等」を調査するとしている。これは、本来、児童相談所がやるべきことのはず。お題目はお決まりの「健全育成」だが、警察は市民のあらゆる情報が欲しいだけ?と、勘ぐりたくもなる。 調査の際の、子どもの権利保障も不十分だ。警察が子どもを取り調べるとき、最低限、黙秘権や、付添人依頼権があることを子どもや保護者に告知する必要があろうが、その点は明文化されていない。弁護士の付添いや、取り調べの状況をビデオ録画するなどしないと、密室の取り調べは冤罪の温床ともなり、子どもを傷つけるであろう。 ぐ犯少年の調査については、「犯罪の調査・・・その他の活動において、ぐ犯少年と認められる者を発見した場合」となっているが、「その他の活動」はいくらでも拡大解釈される恐れがある。2006年の「不良行為少年の補導」は、年間140万人。彼らが「ぐ犯」のレッテルを貼られない保証はない。 ほとんどマスコミに報道されないところで、しかも子どもから、警察権力が拡大されそうなコワイ世の中。国家公務員の数がおしなべて削減される中、警察官だけが増員されているという事実もある。さまざまな動きに目を光らせていなくてはと思う。 じょうづか さえこ 「少年警察活動規則」等については、「子どもと法21」のホームページ http://www.kodomo-hou21.net/ をご覧ください。 沖縄戦 教科書検定問題
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2006年度の教科書検定(08年度から使用)で沖縄戦における住民の強制集団死(「集団自決」)に関する記述に対して、「沖縄戦の実態について誤解するおそれのある表現である」という検定意見がつけられ、検定申請した5社7点の日本史教科書が書き換えを命じられた。 いずれも「集団自決」をひきおこした主体としての「日本軍」という語がはずされ、あたかも住民がみずからの意思で「集団自決」を行ったかのような表現になった。沖縄戦における強制集団死の歴史的事実を歪める検定である。 ◆沖縄戦教科書検定のねらい 日本を「戦争する国」に変えるためには憲法9条を改悪するだけでなく、国民が積極的に自衛隊の戦争を支持し、戦争に参加するようになるために、「つくる会」などは「従軍慰安婦強制連行説」「南京大虐殺」「沖縄戦集団自決軍命令説」を「自虐史観の3点セット」だといい、教科書からの削除を要求し、「皇軍(旧日本軍)の名誉を守る(回復する)」と主張している。更に、「軍隊は民衆を守らない、住民を殺す」という沖縄戦の真実を否定し、「集団自決」(強制集団死)を「軍国美談」(犠牲的精神の発露)にすることをねらっている。これは、日本の侵略・加害の事実を曖昧にし、あわよくば隠蔽し、「日本の戦争は正しかった」という歴史認識を定着させるねらいである。 ◆沖縄戦検定意見の撤回を求めるたたかいの広がり 沖縄では、6・9県民大会、文科省への抗議、県議会と41市町村議会の意見書採択な ど、行政・議会・住民による超党派の抗議・要請行動が積み重ねられ、9月29日の県民大会には116,000人が結集した。 又、10月15日〜16日には、県民大会実行委員会代表200人による政府・文科省・教科書会社への要請行動が取り組まれた。沖縄の怒りと島ぐるみのたたかいは全国の世論を変えつつある。本土でも沖縄と連帯した取り組みが進んでいる。「沖縄戦の歴史歪曲を許さず、沖縄から平和教育をすすめる会」(沖縄)「大江健三郎・岩波書店沖縄戦裁判支援連絡会」「大江・岩波沖縄戦裁判を支援し沖縄の真実を広める首都圏の会」の3つの市民組織は共同で、これまで3回の要請書を文科相あてに提出した。私たちの呼びかけにより本土における自治体議会での意見書採択の動きも広がり、11月13日現在、36議会(5府県、23市3区5町)で意見書が採択されている。一方、文科省と大阪地方裁判所宛の2つの署名の取り組みも進められている。 こうした闘いによって追いつめられた文科省は、執筆者・教科書会社による「訂正申請」で曖昧な解決を図ろうとしている(11月8日までに5社は訂正申請を提出)が、県民大会の決議は「検定意見の撤回」と「記述の回復」であり、連帯する私たちの要求も同じである。文科省は検定の間違いを認め、謝罪して検定意見を撤回すべきである。 俵 義文
(子どもと教科書全国ネット21事務局長)
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