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■■2005年11月20日発行■■


自民党新憲法案〜9条を変え


「国を愛する責務を共有する国民」
づくりをすすめ「戦争のできる国」へ

 自民党は11月22日の結党50周年大会「新憲法草案」を採択します。
 「新憲法案」の「前文」には「国を愛する責務を共有する国民」という時代錯誤の復古主義的な規定が書かれています。これは教育基本法の改悪で狙っているものと同様ですが、それを憲法にまで書き込みたいと考えているのです。この案の「9条」に関係するところでは現行憲法9条の第1項を残すとしながらも肝心の第2項を全面的に書き変え、国の平和と独立、安全の確保のための「自衛軍」を保持し、戦争を合憲化して、「国際社会の安全確保」と「緊急時の秩序」のために国の内外で軍事的行動をすることを明確にしています。
 「新憲法草案」は、これらの重大な変更に加えて、「第3章」の「国民の権利及び義務」に関する部分では憲法とは主権者国民による「権力制限規範」であるという近代憲法思想の本来の意味を転倒させ、「国民が守らされる憲法」という考え方を導入しています。さらに「第96条」の憲法改正条項では国会の総議員の3分の2以上の賛成という改憲発議の条件を、過半数に変更、今後、いつでも憲法をたやすく変えられるようにすることを狙っています。
 ところで、この新憲法草案は憲法「改正」という形ではなく、「新憲法案」という憲法「全取っ替え」案、全面改憲案とねらっており、これは憲法が認めている「改正」とはまったく異なり、現行憲法の全面否定を前提にしています。これは一種の「革命」というか、クーデターの性質をもつものです。日本ではこうした経験はかつての帝国憲法を否定し、現行憲法に変えたとき以外にありません。
 ともあれ、この自民党新憲法案の主たる狙いは、「自衛軍」を保持すると規定することによって、戦争を放棄した憲法9条を変え、憲法によって軍隊を持つことを正当化し、日本を欧米諸国並みに「戦争のできる国」とすることをめざすものであり、敗戦後の日本がかかげた平和と人権の理想を真っ向から否定するものです。この間、国会で議論されてきた「集団的自衛権の行使」(歴代政府は憲法9条の下でこれは「権利」はあるが、「行使」できないと解釈してきました)についても、自民党は「自衛軍の保持」を明記したことで「自衛には個別(的自衛権)も集団(的自衛権)も含まれる。その議論は終わった」(自民党新憲法起草委員会舛添要一事務局次長)という理解をしており、米軍とともにグローバルな規模で戦争をすることを可能にしたものです。


■戦後初の歴史私的な岐路に…


 自民党の新憲法草案では戦争を合憲化して、自衛の名の下による戦争と、「圧政と人権侵害を根絶させるため、不断の努力」を行い、「国際社会の安全確保」のために軍を使うこと、ブッシュ大統領がアフガンやイラクに対して行った「先制攻撃戦略」と同様の論理を正当化しています。加えて、「緊急時の公共の秩序を維持」するために軍事的行動をすることを明確にしているように、この軍事力を国内にも向けることを明らかにしています。誰が「公共の秩序」を乱す者だと判断するのでしょうか、これは軍の銃口が市民にも向けられることを合憲化した恐ろしい内容です。
 これらの「戦争のできる国づくり」と関連して、この草案が「軍事裁判所」の設置を確認し、また憲法20条の政教分離の規定を大きく緩和して首相などの靖国参拝などを合憲化しようとしていることも見逃せません。これらは軍の兵士の逃亡や反乱を弾圧し、また戦死者を「名誉の戦死」として讃えるためのものであり、戦争を推進するときに、国民を兵士として、また「銃後の支え」として動員する上で欠かせないものです。
 私たちの住んでいる日本社会が、現行憲法が示している不戦非武装・平和の思想と民主主義、基本的人権の保障を実現しつつ、より高い次元の人権・福祉社会をめざして、国際的な平和と共生を実現する道をあらためて選びとるのか、それとも自民党新憲法草案の示すこの危険な戦争と人権破壊の道を選ぶのか、いま私たちは真の意味で歴史的な岐路に立っているのです。 
高田 健 (許すな!憲法改悪・市民連絡会)

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