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■■2006年4月号外■■


良心の自由を尊重し、学校と教員を「強制の道具」にするな!

  ――3・10市民集会の実行委員会が都教委の「3・13通達」に抗議声明――


 東京都教育委員会は06・3・13に、日の丸・君が代の生徒への指導を徹底するよう《命じる》通達を出しました(3・13通達)。この通達に対して、教育基本法「改正」反対市民連絡会など15市民団体の共催、16市民団体などの賛同により開催した「憲法・教育基本法の破壊を許さない!3・10市民集会」の実行委員会は、抗議声明を3・24に出しました。市民連絡会が呼びかけたものです。
 3・10市民集会は、「憲法・教育基本法の《良心》と《願い》の破壊を許さない!」ことを基調に、市民連絡会の呼びかけで開きました。その3日後に、良心の自由を踏みにじる、それも教員に子どもへの日の丸・君が代の強制を強要する通達を出したのです。子どもたちの良心の自由を直接に踏みにじる、許しがたい通達です。
 そこで実行委員会として、子どもと保護者と教員の良心の自由を尊重し、学校と教員を「強制の道具」にしないように要求する声明を出したものです。


 東京都教育委員会の「3・13通達」に抗議し撤回を求める抗議声明


 東京都教育委員会は2006年3月13日、卒業式・入学式などでの日の丸・君が代の実施について、「(これまでの)通達及び通知の趣旨をなお一層徹底するとともに、校長は自らの権限と責任において、学習指導要領に基づき適正に児童・生徒を指導することを、教職員に徹底する」よう求める通達をした。都教委はすでに、「国旗掲揚及び国歌斉唱」の適正実施を通達(10・23通達)し、「生徒に対する不適正な指導」をしないよう「校長が教職員を指導する」ことを通知(3・11通知)したが、今年の都立高校定時制の一部の卒業式で「国歌斉唱時に学級の生徒の大半が起立しない事態が発生した」として、管理の徹底を図ろうとするものだ。
 この「3・13通達」は、子どもたち(児童・生徒)はもとより教職員の基本的人権を侵害し、日本国憲法を根本法とする法制度への法治主義にも反するものである。さらに、行政の順守すべき「矩(のり)を踰(こ)え」て、特定の政治権力に追従したもので、許すことはできない。
 学校と教育は、子どもたちが「一個の人間として、また、一市民として、成長、発達し、自己の人格を完成、実現するために必要な学習をする権利」(最高裁旭川学テ判決)を保障する役割と責任を負い、教育行政はそれを支援する教育諸条件の整備確立をすることを目標に行われなければならない。「3・13通達」は、こうした教育行政の目標と責務に逆行するものと言わざるを得ない。
 2006年3月10日に教育基本法「改正」反対市民連絡会など15市民団体の共催と16市民団体の賛同を得て開催した「憲法と教育基本法の破壊を許さない! 3.10市民集会」実行委員会は、以下の諸点を指摘 して、個人の尊厳および基本的人権の尊重と実現を基調とする憲法・教育基本法の《良心》と《願い》を破壊する「3・13通達」に強く抗議するとともに、ただちに撤廃するよう厳しく要求する。


 ● 通達であれ通知であれ、行政による「指導・助言」の文書にすぎず、これをもって学校と教職員を行政の指令に服従させ、思いどおりに支配しようとすることは許されない。教育行政は学校および教員に対し、上意下達の指揮命令をする立場にはない。特定の政治権力に追従して、特に「何を、どう教えるのか」に関して、通達・通知により行政権力を振り回すのは、行政としての越権行為であり、教育基本法第10条の「不当な支配」に服するものだと言わざるを得ない。

 ● 教育は、「学習する権利」(学習権)に対応し充足するためのもので、「教育を施すものの支配的権能」ではない(最高裁学テ判決)。教員が、行政が指示する教育内容を教え込み、教えたとおりに答え行動するように子どもを指導することは、「教育を施すものの支配的権能」の行使であり、学習権を侵害するものである。
 教員によるこのような指導は、けっして「適正」なものとは言えず、教育基本法第1条の規定に反し「人格の破壊」と国家や行政に都合のよい人格形成を強要する「人格の捻じ曲げ」をめざすもので、きわめて違法性が高いと言うべきである。しかも、このような教育指導を行政が命じようとすることは、二重三重に越権かつ違法性のあるものである。

 ● 学習指導要領は、教育の機会均等と全国的な一定水準の維持のための「大綱的な基準」であり、学校や教職員の裁量を排除するものではないことは、すでに明らかなことである。いわゆる「福岡ココロ裁判」判決で、福岡地裁は「学習指導要領中の卒業式・入学式における国旗、国歌の指導に関する上記定めは拘束力を有するものとは解されず、この定めから、各学校は卒業式、入学式において国歌斉唱を実施し、個々の教員がこれを指導しなければならないという一般的な責務を負うと解することはできない」と判示している。
 行政が最も遵守すべきは、下位の行政令としての学習指導要領ではなく、まず憲法と教育基本法である。憲法、教育基本法を軽視する東京都教育委員会は、行政としてのコンプライアンス(法令遵守の責任)を自覚し、誠実に守るべきである。

 ● 通達は、子どもの学習権を侵害する。学習権は子どもたちが人間としての権利を知り身に付けるために不可欠な生存権であるとともに、社会や文化について学ぶ社会権、表現や思想の自由としての市民的な権利の意味も合わせ持っている。学習権の侵害はつまり、基本的人権全体に対する侵害を意味する。
 学習をする子どもたちは当然に、教えられたことに対し、疑問をもって問い返し、批判し、選択・判断し、表現することができ、またその力を育てられるように援助する教育を求める権利(学習権)があり、学校はそうした教育を保障するためのものである。通達は、こうした学習権に応える教育に逆行し、さらにその学習権を妨害することを、つまり違法性のある行為を学校と教員に強いるもので、許されない。

 ● 子どもたちには、大人と同様に思想・良心、表現の自由、情報へのアクセスの自由がある。国家・行政のいかなる思想や意図などを意思に反して強制されず、自ら考え批判し判断する権利がある。通達は、これらの子どもの権利を踏みにじるものであり、子どもの権利条約にも著しく反する。学校に良心の自由、精神の自由を保障することは、教育諸条件の整備確保の重要な要素であり、教育行政の責務である。

 ● 教員は、「国民全体に対し直接に責任を負」って、子どもの「教育をつかさどる」立場にあり、教育行政の支配下において、その意図や政策を実現する役割を負うものではない。教員は、教育行政の手先、配下、手下、下僕、走狗ではないし、あってはならない。しかし通達は、教員が本来の職責を果たすのを妨げ、行政の手先の位置に追い込む可能性が大きい。これもまた、違法性が高いと考えるべきである。

 ● 「個人の尊厳を重んじ」て行われるべき教育を「つかさどる」教員には、精神の自由・良心の自由がきわめて重要である。「国民全体に対して直接に責任を負う」教員は、子どもたちとの直接の関係性の中で教育が紡ぐことを期待されているからである。通達は、この精神の自由・良心の自由を抑圧するものであり、許しがたい。
                         2006年3月24日


「憲法・教育基本法の破壊を許さない! 3・10市民集会」実行委員会


 【なお、この集会を共催した市民団体は、以下の15団体である。】
・教育基本法「改悪」反対市民連絡会
・子どもと教科書全国ネット21
・子どもと21
・杉並の教育を考えるみんなの会
・学校に自由の風を!ネットワーク
・全国PTA問題研究会
・ジェンダー平等社会をめざすネットワーク
・市民文化フォーラム
・東京「日の丸君が代」強制反対裁判をすすめる会
・七尾養護「こころとからだの学習裁判」を支援する全国連絡会
・ピースボート
・平和をつくり出す宗教者ネット
・平和を実現するキリスト者ネット
・西東京平和遺族会

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